アニメ映画「この世界の片隅に」の名言・台詞をまとめていきます。
(長尺バージョン「この世界のさらにいくつもの片隅に」で編集)
この世界の片隅に
昭和8年12月
「あいつは人さらい」
「わしらはさらわれた人達じゃ」(北條周作)
「うちはぼーっとしとるけえ」
「じゃけ、あの日のこともきっと昼間見た夢じゃったに違いない」(北條すず、旧姓:浦野)
昭和10年8月
「いろいろあるが、ほいでも子供でおるんも悪うはない」
「いろんなもんが見えてくる気がする」(すず)
「”そいつは学校の先生が言うてじゃった、座敷わらしに違いない”」
「お兄ちゃんがほう言うたその夕方、景色も人も優しゅうかすんで見えた」(すず)
昭和13年2月
「う~む…”水原を見たら全速力で逃げえ”いう女子のおきてを忘れとったわい」(すず)
「(浦野の兄?) いらん」
「”浦野の兄ちゃん見たら、全速で逃げえ”いう男子のおきてがあるけえの」(水原哲)
「ほいでも…海軍の学校入って、海で溺れるアホよりゃましかものう」(水原)
昭和18年12月
「”箸を遠う持つ子は遠くへお嫁に行く”いうけえね」(森田イト)
「隣の古江から草津でそんとなじゃ、満州やなんかへ行っての人は火箸でも足らんね」(浦野すみ)
「あんまり近いんは夢がないけえ」(すみ)
「うちは大人になるらしい」(すず)
「ええ話かどうかは分からんかったけど」
「口ん中にキャラメルの味、広がった気がしたんは、なんでじゃったんじゃろう」(すず)
「困ったねえ」
「”嫌なら断わりゃええ”言われても、嫌かどうかも分からん人じゃったねえ」(すず)
昭和19年2月
「うちは一体、どこへ来たんじゃろう」(すず)
「あの…うちらどこかで先(せん)に会いましたか?」(すず)
「うん、会うたで」(周作)
「こんとなんが、うちの毎日になった」(すず)
昭和19年3月
「わあ、モガだったんですね、お義姉さん」(すず)
「周作が4年の時、平和のための軍縮で軍艦造れんようになって」
「うちの人もこの辺でもようけ失業しんさって大ごとじゃったんよ」(北条サン)
「大ごとじゃ思うとった、あの頃は」
「大ごとじゃ思えた頃が懐かしいわ」(サン)
「お母さん機嫌悪いことやらようけあるけ、晴美おとなしゅうしとるん」(黒村晴美)
「(挺身隊?) ほいでも、のりの仕事ほど寒ないし、ええこともあるよ」
「美男子の将校さんがこっそり食堂の食券くれたりね」(すみ)
「うち、今…思いがけず海軍の機密に触れてしもうたみたい」
「すずちゃん…ハゲが出来とるよ」(すみ)
昭和19年4月
「(あれ?) 大和じゃ」
「東洋一の軍港で生まれた、世界一の軍艦じゃ」(周作)
「のう、すずさん」
「気にしよったら、ハゲは余計にひどうなるで」(周作)
昭和19年5月
「ご飯の支度と思うた時には、配給がだいぶ減っとった」
「いわしの干物4匹で、一家4人の3食分」(すず)
「まあ菜っ葉だけの日よりましではあるし」
「こけえ並んどったら、そのうち卯の花も買えるじゃろ」(すず)
「お米の配給が半分しかのうて」
「お芋の多いおかゆさんで」(すず)
「ほいでも明日は任してつかあさい」
「忠臣楠木公が籠城に耐ゆるため、発明したる食糧増量の法」(すず)
「あれを喜んで召し上がる楠木公は、ほんまの豪傑なんじゃろうねえ」(サン)
「私んがたも(建物疎開で)取り壊しになってね」
「ほいで家ごと下関行くことになってね」(黒村径子)
「ええ機会じゃけえ、離縁してきた」(径子)
「心配ご無用」
「仕事見つけて働きに出るけえ」(径子)
昭和19年7月
「まあ夫婦なんじゃけえ、仲ええことは結構なことで」(北條円太郎)
「みんなが笑(わろ)うて暮らせりゃええのにねえ」(サン)
「すずさんが間諜か…」(周作)
「周作、あんたはええよ。私ら、憲兵さんに申し訳のうて」(サン)
「笑うに笑えんし」(径子)
「こらえたらよけいおかしゅうなるし」(サン)
「こん人は6時に帰るけえ、”ロクジ”じゃと思うとった人で」
「どんな機密を狙うんか、陸軍のバカ憲兵が」(周作)
「素直に笑えんのは、うちだけか」(すず)
昭和19年8月
「戦争しよってもセミは鳴く、チョウチョも飛ぶ」(すず)
「(配給停止?) ありゃ、お砂糖もかね」(すず)
「6月の空襲騒ぎの時はもう、すぐ目の前にやって来るか思うた戦争じゃけど」
「今はどこでどうしとるんじゃろう」(すず)
「(市場) はあ~なんでもある」
「戦争前の夏休みみたいじゃねえ」(すず)
「は…配給の50倍以上?」
「そんとな国で、生きていけるんかね」(すず)
「(スイカ?) うちは貧乏じゃったから、人の食べた皮ばっかりかじっとったよ」(白木リン)
「いっぺん親切してもろうて、赤いとこ食べたねえ」
「遠い昔じゃね」(リン)
「(今度?) ええよ、こんなとこへはさいさい来るもんじゃない」
「また迷子になるでえ」(リン)
昭和19年9月
「急ぎでもないのに、わざと帳面持ってこさしたんじゃ」
「街へ買い物に出て楽しかった言うとったろう」(周作)
「しみじみニヤニヤしとるんじゃ」(すず)
「昔、知っとった人に今おうたら」
「夢から覚めるとでも思うんじゃろうか? うちゃ」(すず)
「今覚めたら面白うない」
「今のがほんまのうちなら、ええ思うんです」(すず)
「過ぎたこと、選ばんかった道」
「みな覚めて終わった夢と変わりゃせんな」(周作)
「すずさん」
「あんたを選んだんは、多分わしにとって最良の選択じゃ」(周作)
「尋常へは半年通うたけえ、カタカナならちいと分かるんじゃが」
「ひらがな読めんくて…」(リン)
「(ご懐妊?) と思うたら…」
「栄養不足と環境の変化で、月の巡りが悪いだけなんと」(すず)
「そりゃまあ、(お産は)怖いことは怖いけど」(すず)
「いやほいでも、男の人は戦地で命懸けじゃ」
「うん、こっちも義務を果たさんと」(すず)
「出来のええ跡取り残すんが、嫁の義務じゃろ」(すず)
「(男が産まれるとは?) う~ん…産まれるまで産むんじゃろう」(すず)
「(出来がええとも?) 予備に多めに産むんじゃろう」(すず)
「でも、子供はおったらおったで支えになるよね」
「困りゃ売れるしね」(リン)
「女の方が高いけえ、跡取り出来んでも大丈夫」
「うん、うもう出来とるわ」(リン)
「なんか悩むんがアホらしうなってきた」(すず)
「あんね、売られた子供でもそれなりに生きとるんよ」
「この世界に居場所はそうそうのうなりゃせんよ」(リン)
昭和19年10月
「夢でないのは…分かったよ」
「それでもこの毎日は続いとる」(すず)
昭和19年11月
「あんたが周作に大金貸そうとなんぞせんかったらよかった話です」(小林の伯母)
「そういうて、上司に初めて女郎屋連れて行かれて、出てきた娘に同情したあげく」
「”あそこから救い出すんじゃあ”いうて、青臭い目でこっち見られたらのう…」(小林の伯父)
「代用品のこと考えすぎて、疲れただけ」(すず)
昭和19年12月
「面白いでえ」
「お前はほんまに普通じゃのう」(水原)
「(青葉?) マニラで負傷して、ようよう戻ってきました」
「ええ艦なのに、またしもて活躍も沈没もせずじまいじゃ」(水原)
「のう周作さん」
「死に遅れるいうんは、じれるもんですのう」(水原)
「水原さん」
「うちはずっとこういう日を待ちよった気がする」(すず)
「こうしてあんたが来てくれて…こんなにそばにおってのに」
「うちは!」(すず)
「ほんまにうちはあん人に腹が立って仕方がない」
「ごめん…ほんまにごめん」(すず)
「わしはどこで人間の当たり前から外されたんじゃろうかのう」
「じぇけえ、ここで普通でおるすずを見て安心した」(水原)
「わしゃあ英霊呼ばわりは勘弁じゃけえ」
「わしを思い出すなら、笑うて思い出してくれ」(水原)
「お前だけは最後までこの世界で普通で、まともでおってくれ」(水原)
「ほんまに…こまい頃からあんたには、肝心なことが言えん癖がついとんじゃもん」(すず)
昭和20年2月
「じゃけど骨の代わりがあげな石ころ1つとは」(すず)
「あんまり小さいんで、すみちゃんなんか…」
「”鬼いちゃんの脳みそ?”…と間違えたくらいじゃ」(すず)
「あっけのう人はおらんようになる」
「姿が見えんようになれば、もう言葉は届かん」(すず)
「こないだは、ありがとうございました」
「水原さんと話する時間もろうて」(すず)
「ほいでも周作さん、夫婦ってそんなもんですか?」(すず)
「わしが無理言うて嫁に来さしてしもうたけえ」
「わしには見せんくせに、あげな怒り顔」(周作)
「うちは…いまだに苦いよ」(すず)
「あんな大砲の音にはもう脅かされんけど」
「周作さん…うちは何1つリンさんにはかなわん気がするよ」(すず)
昭和20年3月19日
「(飛行機による攻撃) 今ここに絵の具があれば」
「…って、うちは何を考えてしもうとるんじゃ」(すず)
昭和20年4月3日
「ここんとこ毎晩・警報警報でかなわんいうのに」
「まあ皆さん、(花見に)よう来んさること」(径子)
「いけん」
「周作さんここへ呼んでリンさんと会うたら…」(すず)
「分からん」
「目の前でイチャイチャ仲ようされても困るし…」(すず)
「2人さめざめ泣かれでもしたらもっと困るし」(すず)
「ほい(口紅)で綺麗にし」
「空襲のあとは、綺麗な死体から早よう片づけてもらえるそうな」(リン)
「お客に来る海軍さんが言うに、ここ毎晩うちらが寝かしてもらえんのは」
「B-29が夜ごと熱心に機雷をまいとるからなんじゃと」(リン)
「ほいで、呉の港も広島の海も前とは違う」
「身動き1つ出来ん危ない海になってしもうたんじゃと」(リン)
「じぇけえ、最後は1人なんは、誰でもそんなもんじゃろ」(リン)
「ねえ、すずさん」
「死んだら心の底の秘密も、なんも消えてなかったことになる」(リン)
「それはそれで、贅沢なことなんかもしれんよ」
「自分専用のお茶碗とおんなじくらいにね」(リン)
「うちは1人じゃないのがええな」(すず)
昭和20年4月5日
「警報、もう飽きた」(晴美)
昭和20年5月5日
「わしらには悪夢のあの歌声も、誰かにとっては夢の実現なんじゃろうのう」(円太郎)
「うち、あんたが好きです」
「ほいでも三月(みつき)も会わんかったら、顔も忘れてしまうかもしれん」(すず)
「じゃけえ、この家で待っとります」
「この家におらんと、周作さんを見つけられんかもしれんもん」(すず)
昭和20年5月15日
「なんか急に家が広うなった気がするねえ」(サン)
昭和20年6月21日
「瀬戸内海も、わしらの海じゃのうなってしもうたけえ」(円太郎)
「ほいじゃ、波のウサギももう…」(すず)
「左手に風呂敷包み、右手に晴美さん」
「反対じゃったらよかったのに…」(すず)
「あの子も動転しとって、本気で言うとりゃせんよ」
「うちらはあんたが助かっただけでも、よかった思うとるんよ」(サン)
昭和20年6月28日
「この家はなんともなかったんですね」
「よかった」(すず)
「嘘だ」
「あの人、家を壊してもらえて、堂々この街を出て行けたんじゃろうか」(すず)
昭和20年7月1日
「よかった…よかった…よかった」
「どこがどうよかったんか、うちにはさっぱり分からん」(すず)
「(川べりのやぐら?) 来るとき将校さんに見してもろうた」
「若いのに親切な人でねえ」(すみ)
「前から食券やらくれてじゃし」
「うちに呉へお嫁に行った姉がおるいうんを覚えてくれとってねえ」(すみ)
「ゆがんどる」
「鬼いちゃんが死んでよかったと思うとる」(すず)
「ゆがんどるのは、うちだ」
「左手で描いた絵みたいに」(すず)
昭和20年7月28日
「(広島に帰る?) すずさん」
「わしは楽しかったで、この1年半」(周作)
「あんたのおるうちへ帰れて」
「あんたと連ろうて歩くんも、ひらひらしゃべるんも」(周作)
「あんたは違うんか?」
「ずっと知らんうちのまんまか?」(周作)
昭和20年8月6日
「悪かった」
「晴美が死んだんを、あんたのせいにして」(径子)
「私ゃ好いた人に早よ死なれた」
「店も疎開で壊された」(径子)
「子供とも会えんくなった」
「ほいでも自分で選んだ道の果てじゃけえ」(径子)
「その点あんたは周りの言いなりに知らん家に嫁に来て、言いなりに働かされて」
「さぞやつまらん人生じゃろ思うわ」(径子)
「すずさんの居場所はここでもええし、どこでもええ」
「くだらん気兼ねはなしに、自分で決め」(径子)
「広島へは新型爆弾が落とされたらしい」(周作)
昭和20年8月9日
「うちも強うなりたいよ、優しゅうしぶとうなりたいよ」
「この町の人らみたいに」(すず)
「ああ、うるさいね」
「そんとな暴力に屈するもんかね」(すず)
「なんでも使うて暮らし続けるのが、うちらの戦いですけえ」(すず)
昭和20年8月15日
「(かなわん?) そんなん覚悟の上じゃないんかね」
「最後の1人まで戦うんじゃなかったんかね」(すず)
「今ここへまだ5人おるのに」
「まだ左手も両足も残っとるのに」(すず)
「飛び去っていく、うちらのこれまでが」(すず)
「それでいいと思ってきたものが」
「だがら我慢しようと思ってきたその理由が」(すず)
「ああ…海の向こうから来たお米・大豆」
「そんなもんで出来とるんじゃなあ、うちは」(すず)
「じゃけ、暴力にも屈せんとならんのかね」
「ああ…なんも考えん、ぼーっとしたうちのまま死にたかったなあ」(すず)
「(灯り暗くして)何しとんのじゃ」
「せっかくの白いメシが見えん」(円太郎)
昭和20年9月17日
「42年奉職した海軍工廠を、解雇になってきたど~!」(円太郎)
「戦争でのうても、人は亡くなる」(すず)
昭和20年10月6日
「いよいよ上陸してきよる。わしらは大竹へ移る」
「海軍を解体しきるまでは何があっても、秩序を守り通すのが法務の仕事じゃ」(周作)
「ああ…こげなとき両手があれば、この人の不安な手にそっと片手を重ねられるのに」(すず)
「リンさんは知っとる? この町へ連れて来られる前に逃げ出して」
「人ん家(ち)の屋根裏にかくまってもろうた子がおったの」(すず)
「うちは、そういう子と出会うたことがあるんよ」(すず)
「死んだら心の底の秘密も、みんななかったことになる」(すず)
「ごめんなさい」
「リンさんのこと、秘密じゃなくしてしもうた」(すず)
「でも…これはこれで、贅沢な気がするよ」(すず)
昭和20年11月
「(なんの行列?) さあ、なんでもええですよ」
「なんでも足らんのですけえ」(すず)
「晴美さんはよう笑うてじゃし」
「晴美さんのことは笑うて思い出してあげよう思います」(すず)
「この先ずっと、うちは笑顔の入れ物なんです」(すず)
昭和21年1月
「わしとすずさんが初めて会うたんは、この橋の上じゃった」
「もうあの頃には戻らん」(周作)
「この街もわしらも変わり続けていくんじゃろうが、わしはすずさんがいつでも分かる」
「ここへほくろがあるけえ、すぐ分かるで」(周作)
「周作さん、ありがとう」
「この世界の片隅に、うちを見つけてくれて」(すず)
「ほんでもう離れんで、ずっとそばにおって下さい」(すず)
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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