アニメ「この世界の片隅に」の名言まとめました

アニメ「この世界の片隅に」の名言をまとめていきます。

この世界の片隅に

昭和10年8月

「いろいろあるが、ほいでも子供でおるんも悪うはない」
「いろんなもんが見えて来る気がする」

祖母の家に家族で来ているすず。
兄妹3人で寝ている時、屋根から現れる不思議な少年?を見る。
その後すぐに消えたため、座敷わらしとして納得する。

昭和18年12月

「うちは大人になるらしい」

呉の街にいる人から、求婚されたことを知るすず。
祖母から祝言の後の作法を聞き、帰り道に大人になるらしいことを思い描く。

「ええ話かどうか分からんかったけど」
「口ん中にキャラメルの味、広がった気がしたんは、何でじゃったんじゃろ?」
「困ったね~。嫌なら断わりゃええ言われても、嫌かどうかも分からん人じゃったね~」

求婚してきた相手が家にいたが、隠れて見ただけで外に出たすず。
どうしていいか分からなかったが、少し心が揺れていたのも事実だった。

昭和19年2月

「うちはいったい、どこへ来たんじゃろ?」

祝言も終わった夜、街の方では軍艦による照射訓練が行われていた。
その光景を見るすずは、自分が来た場所に少し違和感を感じる。
ただ直後にはお風呂でゆっくりし、のんびりモードは継続中。

昭和19年3月

「大事じゃ思うとった、あの頃は」
「大事じゃ思えた頃が懐かしいわ」

軍縮により戦艦が作れなくなり、失業したことを大事と思っていたと話す北条家の母親。
しかし今の大事に比べれば、大したことには思えなかった。

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昭和19年5月

「そのうちお姉さんも、お嫁入先に帰っていきんさって」
「さあほいじゃあ、うちがご飯の支度を、と思うた時には、配給がだいぶ減っとった」
「イワシの干物4匹で、一家4人の3食分」

夫の姉が来ていたため元気が無かったすずだが、出ていったので元気を取り戻す。
配給は減っていたが卯の花などを購入し、何とかやりくりしようと考える。
上手くいくこともあれば、失敗することも。

昭和19年7月

「周作、あんたはええよ。私ら、憲兵さんに申し訳のうて」
「笑うに笑えんし」
「こらえたらよけいおかしゅうなるし」

軍港にいる戦艦を描いていたすずは、憲兵に間諜として疑われる。
家まで押しかけられ、すずと一緒に尋問を受ける母親と姉は神妙な態度を取る。
しかしそれは笑いを必死にこらえていたのだった。

「素直に笑えんのは、うちだけか!」

すずの件で家族に笑いが生まれたので、それはそれで喜ぶすず。
しかし帰ってきた父親も含めて笑いに包まれたため、少し複雑な気持ちになる。

「そんとな国で、生きていけるんかね?」

砂糖を不注意でダメにしてしまうすずは、母親より闇市で買ってくるようにとお金をもらう。
しかし通常の50倍と言われたため、これからに不安を感じてしまう。
ただそれでも買ってしまうので、闇取り引きは無くならないのだろう。

昭和19年9月

「しみじみニヤニヤしとるんじゃ!」

電話で連絡を受け、周作の所にノートを持ってきたすず。
急ぎの仕事と思っていたが、周作からはまさかの街に遊びに行く提案をされる。
振り返って顔を隠すすずを心配する周作だが、単に喜んでるだけだった。

「昔、知っとった人に今おうたら、夢から覚めるとでも思うんじゃろうか、うちゃ?」
「今、覚めたら面白う無い。今のがほんまのうちなら、ええ思うんです」
「過ぎたこと、選ばんかった道、みな覚めて終わった夢と変わりゃせんな」
「すずさん。あんたを選んだんは、たぶんわしにとって最良の選択じゃ」

水兵がたくさんいたため、昔の知人に会うことを避けるすず。
理由は夢が覚めるような気がするから。
それは今が楽しいからでもあるのだった。

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昭和19年12月

「のお周作さん。死に後れるゆうんは、じれるもんですの」

重巡洋艦「青葉」の乗組員で、すずの小学生の同級生でもある水原哲は、すずの家に来る。
騒がしく過ごしていたが周作と2人になった時、戦いで生き残ったことを話し出す。
それは嬉しい気持ちだけでは無かった。

「わしを思いだすなら、わろうて思い出してくれ」
「お前だけは、最後までこの世界で普通で、まともでおってくれ」

哲はすずに想いをよせ、すずにも想いがあったが、今のために拒むことを選択する。
暗いうちに動き出す哲は、笑顔ですずにお願いし出発する。

昭和20年2月

「あっけのう人はおらんようになる。姿が見えんようになれば、もう、言葉は届かん」

兄の要一が亡くなったと連絡を受け、実家に帰ってくるすず。
周作と一緒に自宅に戻る時、人の儚さを感じてしまう。

昭和20年3月

「今ここに絵の具があれば、って、うちは何を考えてしもうとるんじゃ」

姪の春美と一緒にいる時、突然敵軍の飛行機が攻めてくる。
あまりの光景に春美をかばいながら動けないすずは、現実を受け入れられなかった。
戦争中とはいえど実際に攻められていない所では、現実感は無いのかもしれない。

昭和20年4月6日

「警報、もう飽きた!」

頻繁に空襲が起こり、警報はいつも鳴り響く。
防空壕に逃げる春美は、慣れを感じ始めていた。
子供ならいいが、大人が感じ始めると危険かもしれない。

昭和20年5月5日

「うちはあんたが好きです」
「ほでも三月も会わんかったら、顔も忘れてしまうかもしれん」
「じゃけこの家で待っとります」
「この家におらんと、周作さんを見つけられんかもしれんもん」

正式に軍人になり、訓練として3ヶ月は帰ってこれないことを話す周作。
すずは不安も感じるが、家で待っていることを伝える。

昭和20年6月21日

「反対じゃったらよかったのに...」

義父のお見舞いに行った後、春美と一緒に歩くすずは右方向に時限爆弾を発見する。
その時にすずは右手で春美と手をつないでいた。
しかし左でなかったことが後悔してもしきれなかった。

昭和20年6月28日

「よかった」
「嘘だ。あの人、家を壊してもらえて、どうどうこの街を、出て行けたんじゃろか?」

家が無事だったことを「よかった」と話すすず。
しかし前回の空襲の時に家を壊された人のことを思い出し、複雑な気持ちになる。

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昭和20年7月1日

「よかった、よかった、よかった?」
「どこがどうよかったのか、うちにはさっぱり分からん」

戻ってきた周作、義両親、医師、多くの人が最悪の手前だったのでよかったと話した。
しかし聞いているすずには、まるで理解できなかった。

「お兄ちゃんが死んで良かったと思うとる」
「歪んどるのは、うちだ。左手で描いた、絵みたいに」

お見舞いとして妹のすみが呉にやってくる。
ひどい空襲の無い広島に戻ってくるように話し、いじめる兄もいないことも加える。
それを聞いて内心で喜んでしまうすずは、自分が歪んでいると感じてしまう。

昭和20年8月9日

「うちも強うなりたいよ。優しゅうしぶとうなりたいよ」
「この街の人らみたいに」

8月6日に広島に新型爆弾を落とされたことを知るすずだが、行くことも出来ない。
とにかく今は、この街で強く生きることだけを考えていく。

「何でも使おて暮し続けるのが、うちらの戦いですけん」

アメリカ軍が落としていくチラシを拾い集めているすず。
本来は届けないといけないが、利用するために届けないでいた。

昭和20年8月15日

「飛び去っていく、うちらのこれまでが。それでいいと思って来たものが」
「だがら我慢しようと思ってきたその理由が」
「あ~、海の向こうから来たお米、大豆、そんなもんで出来とるんじゃな~、うちは」
「じゃけ、暴力にも屈せんとならんのかね」

「なんも考えん、ぼーっとしたうちのまま死にたかったな」

ラジオからの放送により、戦争に負けたことを知るすずは激怒する。
みんなから離れた後には涙を流しながら、こんな状況になったことを嘆いてしまう。
この怒ったり叫んだりするシーン、上手く理解できず、また個人的には嫌悪感すら感じた。
しかし原作を調べてみると、どうも映画版は微妙に違うことが分かった。
原作では自分は被害者側であると同時に、加害者側であることを感じ涙を流している。
映画版では全国民が玉砕しなかったことに怒った後に、暴力に屈することを嘆いている。
個人的な意見だが、原作の解釈を丁寧に表現して欲しかった所だ

昭和21年1月

「周作さん、ありがとう」
「この世界の片隅に、うちを見つけてくれて」
「ほんでも離れんで、ずっとそばにおって下さい」

広島に来て、橋の上で話しをするすずと周作。
すずは出会えたこと、そしてこれからのことを話していく。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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