「この世界の片隅に」の名言まとめました

アニメ「この世界の片隅に」の名言をまとめていきます。

この世界の片隅に

昭和10年8月

「いろいろあるが、ほいでも子供でおるんも悪うはない。いろんなもんが見えて来る気がする」(すず)

 

昭和18年12月

「うちは大人になるらしい」(すず)

 

「ええ話かどうか分からんかったけど、口ん中にキャラメルの味、広がった気がしたんは、何でじゃったんじゃろ?」
「困ったね~。嫌なら断わりゃええ言われても、嫌かどうかも分からん人じゃったね」(すず)

 

昭和19年2月

「うちはいったい、どこへ来たんじゃろ?」(すず)

 

昭和19年3月

「大事じゃ思うとった、あの頃は。大事じゃ思えた頃が懐かしいわ」(北条サン、義母)

 

昭和19年5月

「そのうちお姉さんも、お嫁入先に帰っていきんさって。さあほいじゃあ、うちがご飯の支度を、と思うた時には、配給がだいぶ減っとった」
「イワシの干物4匹で、一家4人の3食分」(すず)

 

昭和19年7月

「周作、あんたはええよ。私ら、憲兵さんに申し訳のうて」(サン)
「笑うに笑えんし」(黒村径子、義姉)
「こらえたらよけいおかしゅうなるし」(サン)

 

「素直に笑えんのは、うちだけか!」(すず)

 

「そんとな国で、生きていけるんかね?」(すず)

昭和19年9月

「しみじみニヤニヤしとるんじゃ!」(すず)

 

「昔、知っとった人に今おうたら、夢から覚めるとでも思うんじゃろうか、うちゃ?」
「今、覚めたら面白う無い。今のがほんまのうちなら、ええ思うんです」(すず)
「過ぎたこと、選ばんかった道、みな覚めて終わった夢と変わりゃせんな。すずさん。あんたを選んだんは、たぶんわしにとって最良の選択じゃ」(北條周作)

 

昭和19年12月

「のお周作さん。死に後れるゆうんは、じれるもんですの」(水原哲)

 

「わしを思いだすなら、わろうて思い出してくれ。お前だけは、最後までこの世界で普通で、まともでおってくれ」(哲)

 

昭和20年2月

「あっけのう人はおらんようになる。姿が見えんようになれば、もう、言葉は届かん」(すず)

 

昭和20年3月

「今ここに絵の具があれば、って、うちは何を考えてしもうとるんじゃ」(すず)

 

昭和20年4月5日

「警報、もう飽きた!」(黒村晴美、径子の娘)

 

昭和20年5月5日

「うちはあんたが好きです。ほでも三月も会わんかったら、顔も忘れてしまうかもしれん」
「じゃけこの家で待っとります。この家におらんと、周作さんを見つけられんかもしれんもん」(すず)

 

昭和20年6月21日

「反対じゃったらよかったのに……」(すず)

 

昭和20年6月28日

「よかった……嘘だ。あの人、家を壊してもらえて、どうどうこの街を、出て行けたんじゃろか?」(すず)

 

昭和20年7月1日

「よかった、よかった、よかった?」
「どこがどうよかったのか、うちにはさっぱり分からん」(すず)

 

「お兄ちゃんが死んで良かったと思うとる。歪んどるのは、うちだ。左手で描いた、絵みたいに」(すず)

 

昭和20年8月9日

「うちも強うなりたいよ。優しゅうしぶとうなりたいよ。この街の人らみたいに」(すず)

 

「何でも使おて暮し続けるのが、うちらの戦いですけん」(すず)

 

昭和20年8月15日

「飛び去っていく、うちらのこれまでが。それでいいと思って来たものが。だがら我慢しようと思ってきたその理由が」
「あ~、海の向こうから来たお米、大豆、そんなもんで出来とるんじゃな~、うちは」
「じゃけ、暴力にも屈せんとならんのかね。
なんも考えん、ぼーっとしたうちのまま死にたかったな」(すず)

 

昭和21年1月

「周作さん、ありがとう。この世界の片隅に、うちを見つけてくれて。ほんでも離れんで、ずっとそばにおって下さい」(すず)

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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